お城のいろいろ

沖縄のお城の特徴 琉球王国のお城「グスク」とは?

沖縄のお城の特徴

今回は、お城の地方色として「沖縄のお城・グスク」について調べてみました。

沖縄には「琉球王国(Wikipediaへ)」という国があり、戦乱の時代もあって本州とは違ったお城の発展をしています。

沖縄ではお城は「グスク」とよばれ、奄美諸島・沖縄諸島・先島諸島・宮古・八重山群島の島々に300以上あるといわれています。

沖縄のお城では首里城今帰仁(なきじん)城中城(なかぐすく)城座喜味(ざきみ)城勝連(かつれん)城などが有名。

「グスクおよび関連遺跡群」は2000年に世界遺産に登録されました。

それでは沖縄のお城「グスク」について解説していきます。

この記事では下記↓について解説しています
  • 沖縄の城「グスク」の歴史
  • 沖縄の城「グスク」の特徴
首里城 正殿首里城正殿

沖縄の城「グスク」の歴史

沖縄の城「グスク」は1300年代(14世紀)中頃に地方領主である「按司(あじ)」たちが力をつけはじめ、地域支配のためにきずいたとされる。

その後、按司たちは支配権の拡大をねらって武力闘争をくりかえし、やがて「北山」「中山」「南山」という三勢力が対立する戦乱の時代へと入っていきました。

やがて、「中山」から「尚巴志(しょうはし)王」が登場。「浦添城(うらぞえグスク)」、今帰仁城、「島尻大里城(しましーおおざとグスク)」などを攻略していき、1429年に琉球を統一、琉球王国を建国しました。

琉球王国が成立した後もしばらく戦乱は続きます。

琉球王国2代目・「尚泰久(しょうたいきゅう)王」は勝連城を居城としていました。

その時、力をつけつつあった阿麻和利(あまわり)という按司を警戒して、尚泰久王の配下・「護佐丸(ごさまる)」を中城城に入場させます。

しかし、配下を信頼できなかった尚泰久王。配下の護佐丸の軍事力も警戒し、疑心暗鬼になってしまう。

そして、その隙をついたのが阿麻和利。
1458年、尚泰久王は阿麻和利の護佐丸への悪口を聞いてしまって、護佐丸を攻め滅ぼしてしまいます。

しかし、悪だくみが成功した阿麻和利でしたが、すぐにその悪だくみが発覚。

そして尚泰久王に攻められ、阿麻和利も滅亡。これで琉球王国の安定が訪れました。

その後、尚氏は首里城を琉球王国の首都とし、中国・朝鮮や日本とも貿易をし、貿易国家として繁栄していきました。

沖縄の城「グスク」の特徴

沖縄の城「グスク」最大の特徴は石垣!

沖縄のお城「グスク」の最大の特徴は「石垣が緩やかなカーブを持つ曲線城壁」であること。

なぜ石垣を直線ではなくカーブさせるかというと、石垣までせまった敵を側面から攻撃することができるから。
(側面攻撃を「横矢(よこや)」とよんでいる)

大阪城では曲線ではなく、直線でふくらみ、へこみを作って、側面攻撃を可能にしている。

首里城と大阪城の石垣の比較首里城大阪城の石垣の比較

また、石垣はほぼ垂直で、反りもないことも特徴の一つである。

首里城と熊本城の石垣の比較首里城熊本城の石垣の比較

「グスク」の門の特徴

「グスク」の門の特徴は、石垣・城壁の一部に穴を開けた「石造アーチ門」となっていること。

また、自然の岩盤をくり貫いて門などもあり「グスク」の特徴となっています。

首里城の歓会門首里城 歓会門(Wikipedia「首里城」より)

さらに一部の門では、門の上部・城壁の上に建物・楼閣をのせ、防備をさらに強固に。

首里城の木曳門首里城 木曳門(Wikipedia「首里城」より)

「グスク」のその他の特徴

グスクのその他の特徴として下記が挙げられます。

  • 水堀がないこと
  • 大阪城や名古屋城のような櫓がないこと
  • 城内に広大な祈りのスペースがあること
  • 首里城の正殿は、中国や朝鮮の宮殿建築の影響を受けている

まとめ

沖縄の城「グスク」の特徴は明らかに中国由来のものである。

さらにグスクのスゴイところは、その先進性です。

織田信長が総石垣造りの安土城を築城する、約170年前に総石垣の先進的な城壁をそなえたお城を築いている。

さらにその城壁は、直線と曲線の違いはあるけれど、大阪城のように石垣を屈曲させ側面攻撃(横矢)を可能にするなど、本州・九州・四国などより軍事的に進んでいたことがわかります。
(首里城などが建てられた時期は鎌倉末期から室町時代なので、この頃の室町幕府の軍隊では「グスク」は落とせなかったでしょう)

参考資料