お城のいろいろ

天守の外観 破風

天守を彩り、個性的にする破風のいろいろ

今回は天守の外観、「破風(はふ)」について解説していきます。

やっぱり天守はお城のなかで一番のシンボルであり、顔ですよね。

そんな天守を彩り、個性的にしているのが「破風(はふ)」と呼ばれるものです。

天守の形式や大きさは似ていても破風の位置まで一緒なお城はありません。
それほど、破風の種類や位置によって天守のイメージが変わってきます。

この記事を読んでから天守を見学したときには、天守や櫓についている破風に注目してみてください。

この記事では下記↓について解説していきます
  • 破風の種類
  • 破風がない天守もあった!?
  • 破風の戦闘力

天守の外観 破風の種類

姫路城天守の破風姫路城天守の破風

まずは姫路城の天守を見てみましょう。

姫路城・天守の破風

  • 入母屋破風
  • 千鳥破風
  • 唐破風
  • 比翼入母屋破風

こうして見ると姫路城の天守にはいろいろな破風が付いてるのがわかりますね。

天守の外観 入母屋破風

入母屋(いりもや)破風は入母屋造りと呼ばれる屋根の端にあって、天守の最上階は必ず入母屋破風になる。

姫路城・天守は望楼(ぼうろう)型という天守の形式をしているので、2重目に大きな入母屋破風になっていますね。

望楼型天守は構造上必ず1重目か2重目に入母屋破風になります。

そして特別に大きい天守には入母屋破風を横に2つ並べた「比翼(ひよく)入母屋破風」が付くこともあります。

姫路城・天守でも3重目が比翼入母屋破風になっています。

他にも名古屋城・天守にも比翼入母屋破風を見ることができます。

名古屋城の比翼入母屋破風名古屋城の比翼入母屋破風

天守の外観 千鳥破風

「千鳥(ちどり)破風」は入母屋破風とよく似ています。

屋根の上に乗せた三角形の出窓で、天守のどの位置にでも付けることができ、装飾や採光のために設けられます。

一般的に千鳥破風は入母屋破風より小さい。

そして大きな天守には千鳥破風を2つ並べた「比翼千鳥破風」があります。

名古屋城の比翼千鳥破風名古屋城の比翼千鳥破風

天守の外観 入母屋破風と千鳥破風の見分け方

入母屋破風と千鳥破風は三角形で似ていますし、名古屋城のような大きな天守になると千鳥破風も大きいものが付いていたりするので、お城初心者だと見分けがつかないかもしれませんね。

けど簡単に見分ける方法があります。

隅棟と呼ばれる線が、壁から屋根の先端まで伸びています。
そして入母屋破風は隅棟と接続している。
千鳥破風は隅棟とは接続していない。

簡単ですね。

入母屋破風が1重目か2重目にあるとその天守は望楼型天守になります。

千鳥破風千鳥破風
入母屋破風入母屋破風

天守の外観 唐破風

「唐(から)破風」はもともと寺院建築に用いられている装飾性の高い破風です。

軒先を丸く持ち上げた「軒(のき)唐破風」と、屋根全体を丸く持ち上げた「向(むかい)唐破風」があります。

姫路城・天守に付いている唐破風は軒先を持ち上げているだけなので、「軒唐破風」になります。

「軒唐破風」は格式が高く天守最上重が好まれるとされています。が、姫路城の場合、2重目、4重目、最上重に付いています。

東大寺 大仏殿東大寺 大仏殿 Wikipediaより

東大寺大仏殿にも「唐破風」が付いていますね。

天守の外観 切妻破風

姫路城・天守にはないですが破風にはもう1種類あります。

それが「切妻(きりづま)破風」です。

切妻破風は一般の住宅の屋根にもよく使われているからみたことがあると思います。

切妻破風は軒先まで、屋根の三角形を出っ張らせたものです。

天守の外観 破風のない天守

織田信長が安土城に初めて天守を建ててから、破風は天守や重要な櫓に設けられていた。

のちに最上階以外に破風を持たない天守が現れます。

1600年の関ヶ原の戦い以後に建てられるようになった層塔型天守のうちの初期のものは破風を持っていませんでした。

丹波亀山城(京都府)、小倉城(福岡県)、津山城(岡山県)、佐賀城(佐賀県)などの天守が破風を持っていませんでした。

島原城・天守島原城・天守Wikipediaより

戦後、小倉城天守を再興する際、もともと破風のない天守だった小倉城天守に史実を無視して大きな破風を付け足してしまいます。
(見栄えが悪いからと言って、史実を無視した外観の天守を建てることが良いか悪いか議論はありますが)

それほど、破風は天守を彩るシンボルでした。

小倉城・天守小倉城・天守Wikipediaより

破風の戦闘力

破風とはもともと天守の外観を彩るもので、破風の有無や種類、位置によって天守の印象が変わるほどです。

お城はもともと軍事施設です。

天守も戦闘のことを考えて、いろいろな防御の仕掛けが施されています。

では天守を彩る破風は戦闘とは無関係なものかというとそうではありません。

破風ももちろん戦闘になったときのことを考えて作られています。

姫路城天守の破風姫路城天守の破風

もう一度姫路城・天守を見てみましょう。

唐破風を除いて、入母屋破風も千鳥破風も天守の壁から突き出しているのがわかります。

そしてこの壁から突き出した空間を「破風の間」と呼んでいます。

天守自体の大きさにもよりますが、広いもので12畳ほど、小さいものだと1畳しかないものや、かがまないと入れないほど狭いものもあります。

では、この破風の間を作ってどうするのかというと、ここに人が入って破風に開けた穴(狭間)から鉄砲で狙うのです。

天守の壁にも狭間や窓があるのに、なぜ破風の間から攻撃するのかというと、
姫路城天守の写真から分かるように破風は壁から突き出していて、屋根の上に乗っている状態です。

なので天守の壁の狭間から狙うよりも破風の間から狙うほうが下の階の屋根が邪魔にならず、天守の直下を狙うことが可能です。

入母屋破風と千鳥破風のどちらが破風の間に向いていそうですか?

入母屋破風は千鳥破風と比べると大きなものが多いです。なので、破風の間も大きくとることができます。
しかし入母屋破風は多く設置することができず、岡山城天守でも6つほどしかありません。

その点、千鳥破風は入母屋破風と比べると小さく、破風の間も小さくなってしまいますが、千鳥破風は屋根の上に三角形の出窓を設けるようなものなので、自由に位置や数を決めることができます。名古屋城は千鳥破風だけで10ヶ所にもなります。

犬山城ー破風の間犬山城ー破風の間

1615年の大坂の陣以降の平和な時代に建てられた天守の中には、破風を付けているけど破風の間を作っていない天守も出現するようになり、破風は単なる天守の装飾となっていきました。

参考資料